moji...

月に一度の文字並べ

五月晴れ

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2026年初投稿。

2年前は毎月書いていたこの日記も、気づけば停滞してしまっていた。

感性の停滞と感情の起伏が足りないのかもしれない。

 

去年の秋頃から始めたランニングも冬の寒さや花粉を言い訳にして、回数が減っていたが、五月晴れの穏やかとは言い難い暑さのおかげで、やる気を取り戻してきた。

走ることはメンタルにも良いと思いつつ、気分が沈んでいる時は、布団の中に埋まっていたいので、なかなか外に出る勇気がない。

でも一度腹を括って外に飛び出し、浅くなっていく呼吸に焦りながら、太ももの悲鳴に鞭を打ちながら、じんわりと滲んでゆく汗に、少しだけ爽快な気分になる。

最近のランニングは、コーヒーが飲める場所をゴールにするようにしている。

結局、人間は褒美がないと、なかなか続かないということだ。

 

初めて行く店で、汗だくのまま、気分に合わせてコーヒーを選ぶ。(大抵はカフェラテだけど)

まろやかなミルクの甘味とコーヒーのキリッとした苦味で、頭が冴える。

少し休んで体が冷え切る前にまた走り出す。

帰路はどうしてもだらけてしまうけれど、それでもなんだか嬉しくて走る。

 

いつか、今日の努力が身を結ぶと祈りながら、明日の筋肉痛に怯えながら、走る。

さあ、これから体力勝負の夏が来る。

 

wonder wall

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書きたいことがあとからどんどん水の如く溢れ出してきたので、頭の中に渦巻く文字を整理して、再掲。

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昨年の再結成が発表されてから、日本でも空前のoasisブームが到来し、マンチェスターの労働者階級出身の兄弟が渋谷をジャックし、六本木では結成30周年の記念展示会が催され、日増しにその影響力を嫌というほど知った。

 

かくいう私も、oasisに救われた1人で、もれなく展示会にも行き、ステッカーを携帯のケースに入れ、オンラインでTシャツを買ったわけで。

 

私がoasisと出会った時、彼らはすでにバンドを解散していて、過去の遺産とも言えるような状況だった。Wikipediaに載るほどの苦難はないが、それなりに人に言えないくらいにはつらい時期もあったし、高校の講師に本気で「野垂れ死んだっていいんだよ。どうでもいい。」と苛立ちを込めた声でぶつけたこともあったし、30歳までに死にたいな、なんて漠然と思っていた時期もあった。その頃の気持ちはどこへやら、気付けば、その年齢も超えてしまい、「人生って意外と悪くないもんだなあ」くらいには思えるような大人になってしまった。

 

10/25 東京ドームで、あの日、私は一番つらかったであろう、17〜22歳に戻っていた。目の前には、ずっと聞いていたoasisが在った。「居た」というよりは、本当に「在った」んだ。泣きたくても泣けなくて、お金もなくて、この苛立ちや焦燥をどうしたらいいんだと、毎日音楽を聴きながら多摩川を歩き、大学生になって覚えた煙草に咽せていたあの頃の自分がそれを目撃した。その感覚は本当に不思議で、言いようのないもので。

 

彼らの人生でも、彼らのスタイルでも、顔でも、何か決定的な決め手があったわけではないけれど、ただ、彼らの音楽と声と詞があの頃の自分には、背中を合わせて無言で寄り添ってくれるような感覚があって、彼らの音楽によって、流されるままに生きてこれた。

 

下北沢で働くようになって、「見てみたいアーティストは?」と聞かれる度に「志村正彦のいるフジファブリックのライブと、oasis」と答えてきたけれど、「そんなの絶対無理じゃん」と言われてきて、頭の中ではわかっていたし、奇跡でも起きない限り、絶対に叶わないと思っていたけれど、その奇跡が起きたんだ、と思った。報われた気がした。彼らはただ目の前で自分たちの音楽をやっていただけなのに。飄々とやってのけるし、16年前YouTubeで観た時より、遥かにクールで最高の音を聴かせてくれているのに、昔と変わらないような調子で。(日本人を馬鹿にしないあたりは少しだけ大人になっていたかも)

 

ただ、その立ち居振る舞いも含めて、私のつらかった時期も、もどかしい気持ちも、あの不思議な焦燥感も、不安も、全部が川の水が流れるように昇華して行った気がした。あの東京ドーム5万人の中に、同じ感覚の人はきっといたはず。

 

2時間泣きっぱなしだったし、私にしては珍しく周りを気に留めず、大声で歌いまくったあの夜。忘れられない夜。

 

終演後に煙草を吸いながら、溜め息のように出てきた言葉は、「生きていてよかった」だった。

 

FOR EVERY MUSIC LOVER

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5月1日のこと。

3年振りにAKOGAREのライブへ行った。場所は懐かしのBasement Bar。3年前もこの場所で見て、なんだか、最近はいつもここだな、なんて思いつつ、今回のライブは楽しみだらけの企画だったので、足早に下北沢を駆け抜けた。

 

個人的なタイムテーブルのトップバッターは、勿論のことながらAKOGARE。

よくよく考えると、彼らと出会ったのは大学1年生の頃なので、気付けば、13年ほどの付き合いになるのだが、あの頃の刺々しさは変わらず、常に進化していくバンドになっていた。

久しぶりのBasement Barで、久しぶりのAKOGARE。

ただそれだけのことなのに、何故か涙が出そうになるのが不思議でたまらなかった。

超満員のBasement Barでガレージロックをこれでもかと掻き鳴らす姿は、13年前では考えられないほど渋くて新鮮でかっこよかった。

前にいた女の子二人組が「AKOGARE観れるの楽しみすぎる!」と興奮した面持ちで話しているのを観て、後ろから首が取れるほど頷きたくなった。(心の中で頷いてた)

 

2バンド目は、CRAZY WEST MOUNTAIN。

昔よく今はなきGARAGEでAKOGAREと対バンしていて、「CWMのテーマ」でこれでもかと大騒ぎしながら見ていたこちらも懐かしのバンド。

気が付いた頃には時すでに遅し。ライブ本数が減っていて、私の足もライブハウスから遠のいてしまい、何年振りかもわからないほど久しぶりに観ることが出来た。

懐かしの「鬼殺し」では悲鳴のような歓声がTHREEに響いて、コミックバンドらしさとマルちゃんこと鶴岡さんの太くて体に響く歌声も変わらず、最高の流れでした。

結局のところ、セカンド童貞はいつ聞いても名曲。

 

3バンド目は、みんなが待ちに待ったGLIM SPANKY。

いつだったか、新宿紅布で観てるはずなのだけれど、その頃はゴリゴリにAKOGAREフリークだったので、記憶が朧げ……

しかし、やはりザ・ロックといった感じのバンドで圧巻のステージだった。ステージ横で見たあの景色は忘れられない。超満員の中、定番の「怒りをくれよ」で盛り上げたと思ったら、まさかの「大人になったら」。このエモーショナルな落差にやられない人はいなかったはず。

 

4バンド目は、少しのんびりさせてくれる、かみぬまゆうたろう。

THREEへ移動してドリンクを頼み一息ついていた時に「もうGLIM SPANKY、終わった?」とマイク越しに話しかけるリラックスした空間が心地よい。名曲「シルエット」から始まり、合間に観客とマイクを通して掛け合う雰囲気は、昔紅布でも開催されていた「弾き語りリレー」の空気感そのもので、本当に良い時間だった。

 

ラストは、もちろん主催のTHEこっけんろーるBAND。

「このバンドを何回ここで観たんだろうか」と思いつつ、昔とは違い、大騒ぎする勇気が出ず、後ろの方で見ていたけれど、「ギターメン」のイントロが始まった瞬間、10年前に気持ちが戻ってしまい、一夜だけとはいえ、復活してくれてありがとうという、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

今は使うことはなく、引き出しに閉じ込めたままのiPod classicで何回も聴いてきた曲たちと、何回もこの場所で見てきた懐かしい人たちの笑顔やヤジ。全てが嬉しくて切なくて楽しくて、どうにでもなれ!という気持ちで、つい前に出てしまい、気付けば、10年前よろしく、AKOGAREメンバーと前方で大騒ぎしていた。

「また今日もあの子と話せなかった」のイントロが流れた瞬間、リリースパーティーの記憶が蘇り、目に涙を浮かべて大合唱に参加。

あんなにかっこいいガレージロックを掻き鳴らしていたハセさんと浅井さんが満面の笑みで歌う姿が本当に懐かしくて、その隣に並ばせてもらえて有り難い夜。

 

こんなに日が経っても、あの時の懐かしい夜は忘れられない。自分の20代を捧げたバンドたちの共演(狂宴?)は、この先も忘れられない。

ああ、本当にありがとう。

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3月、春はまだ来ていない。

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2025年、初投稿。

今年も毎月書こうかと思ったけれど、インプットが足りず、何も書けなかった。

長い転職の旅路は、カフェダイニングという名の定食屋で落ち着いた。

バリスタになろうか、ホール・サービスを極めようかと、悩んでもがいた結果、なぜか定食屋。

居心地が特段いいわけでも、やりたいことをやれているわけでもないのに、何故か落ち着いてしまった。

土地柄、3月中旬〜4月にかけて繁忙期に入るので、かなりバタついている毎日ではあるものの、不思議とストレスはあまりない。

 

最近、将来についてよく考える。

手に職をつけたいと思いつつ、ぬるっと転職を決めてしまい、またもや、何も手に入らないまま、あっという間の3ヶ月。何か成長したということもなく、日々、電車で職場と最寄りを行き来する毎日。にも関わらず、収入は微差ほどしか増えていない現状。

これでは何のために転職したのか。はて。

 

ただ、縁あって、今までの経歴をひっくり返すような誘いを受け、心惹かれているのも事実。今は、その道を目指すべく、ひたすら電車に乗って1時間かけて職場へ向かう。だがしかし、この3ヶ月、それに関する勉強も怠っている。はて。

 

私は一体、どこへ向かおうとしているのか。

なりたい自分など、とうの昔に置いてきてしまったので、今更、うまく思い描くこともできない。

 

何か刺激的なものが欲しい。感動や衝撃やら。文化的なものが、今の生活に足りない。

文化に触れたいと思いつつ、本も持たずに電車に乗る毎日。

 

私は一体どこへ。

 

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2024年まとめ

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今年は転職しようと決意をして、挫折して、不安障害を再発させた年でした。

ただ、嫌なことばかりかと言われれば、そんなことはなく、自分の周りには優しい人たちがいる、ということを再認識した年でもありました。

 

インプットといえば、

Queen 東京ドーム

・先輩の結婚式二次会

・白昼夢百貨店 8CUBE

・ヤクルトVS日ハム 明治神宮

・横浜VSヤクルト 横浜スタジアム

サカナクション turn ぴあアリーナMM

・ふぉ〜ゆ〜 東京ドームシティホール

CLAMP展(2回) 国立新美術館

・シロとメロの世界のはなし展 SPATIUM

OASIS展 六本木ミュージアム

その他もろもろ、たくさんできた1年でした。

 

アクティブな夏を過ごしたせいか、冬に反動が来ただけだと、今年を振り返って冷静に思えるけれど、症状が出ている頃は、そんなふうに思えるわけもなく、ただ悶えて苦しんで、どうしようもなくなってた日もありました。

 

自分にとって大切にしたいと思える人たちが、SNSを通じて連絡をくれたことや、お店に顔を出してくれることが沢山あって、人に支えられて生きていることをこれでもかと噛み締めました。

 

その中でも「写真を撮りなさいよ」と言ってくれた人がいて、「ああ、こんな私の写真を求めてくれる人がいるんだ」と、本人には言えないけれど、本当に嬉しくて泣きたくなりました。

まだまだ自己表現をするには知識が足りず、やる気もムラがあるような人間ですが、いつか本当にきちんと形にできるように、少しずつでも、続けていこうと思いました。

 

こんな軟弱な私ですが、来年も蛇のようにぬるっと生きていくので、何卒よろしくお願い申し上げます。

 

適応するということ

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10月末に3年勤めた店を辞めた。

転職理由はいくつかあるものの、嫌いだからというわけではなかったので、それなりに後ろめたい気持ちや後ろ髪を引かれる気持ちがあった。たくさんの人に見送られ、意気込んで入った新しい職場は、今までの「普通」をひっくり返されるような殺伐とした空間だった。

 

元来の人見知りな性格が故に、うまく馴染むことができないまま、もうすぐ1ヶ月が経とうとしている。「適応する」ことがこんなにも難しいことだと感じたのは、いつぶりだろうか。人の目線や嘲笑の声が全て自分に向けられている感覚、意思疎通をする必要がないと言わんばかりに無言を貫く空間。

 

苦手な冬の気配を肌で感じ始めたが故に、気持ちも重たくなりつつあるのか。はたまた、飛び込んだ先が自分にフィットしていないだけなのか。きっと答えはシンプルなはずなのに、ぐるぐると小難しく考えてしまう。

 

そんな自分を哀れに思ったのか、友人がオアシス30周年記念展へと誘ってくれた。世界一愛おしいイギリス人兄弟の両極端な表情や名曲を耳にしているだけで、全てがどうとでもなる気がしてくるのだから、不思議だ。

ノエル・ギャラガーの頑固で偏屈そうな顔は、保守的なイギリス人そのものを表しているようなのに、冬の澄んだ空気のような優しくも透き通った歌声が、どこか寂しさを含んでいて、今の自分には寒い日に飲み込んだホットコーヒーよりも深く沁みたし、底抜けに明るく無邪気なリアム・ギャラガーの表情と、全てに失望しているような、苛立ちを含んでいるようながなり声は私を鼓舞しているように感じた。

 

インプットもアウトプットも儘ならない毎日を送っている自分を嗜められたような、励ましているような、その両方でもないような、不思議な気持ちになった。

 

将来のことを考えると毎日不安が襲いかかってきて、夢を見るには歳を取りすぎたと思いつつ、それでも妄想に近い夢を見ては、現実を振り返って絶望して。

生きるって難しい、とよくいろいろな人が言うけれど、本当にその通りで、それらの不安を誤魔化すために、きっと私は音楽に浸る。

 

浸っている場合ではない、そろそろ真面目に未来を考えなくては。そんなことをきちんと思えるようになったのは、世界一愛おしいイギリス人兄弟のおかげかもしれない。

 

適応するということの難しさと、適応するという行動の定義を履き違えないこと。この2つを学べたということだけでも、この1ヶ月は無駄ではなかったと思えるように。

 

明るくなくてもいいけれど、最高でなくてもいいけれど、少なくとも「まあ、いっか」と思える未来のために。

 

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夏の名残の暑さのせいで

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憂い・悲しみを紛らわそうとしても、晴らしどころが無くて、切ない。

「やるせない」という言葉の意味を調べると、こんなことが書かれていた。

このところ、「なんだか上手くいかない」と思うことが多い。

大切にしたいと思っている友人のこと、仕事のこと、身体のこと。

とにかく、「上手くいかない」のだ。

こういう気持ちをやるせないというのだろうかと思い、ふと検索してみたのだけれど、「晴れどころが無くて切ない」というところに、少しだけ安堵を覚えた。

 

大切な友人を傷つけるような発言をしていないだろうかと、毎日何かに怯える毎日。

学生時代以来の不安感。

甘えすぎているのかもしれないと、少しばかりの焦燥と、苛立ちを含んでいるモヤモヤとした何かが、胸の奥に立ち込めている。

 

私は昔から気を許した人に対して、甘えすぎる癖がある。

「言わなくてもわかるだろう」なんてことは思わないのだけれど、「思ったことを素直に伝えてもきっと受け入れてくれるだろう」という烏滸がましい身勝手な気持ちがふと湧き出てしまうのだ。

そんなことないのに、ね。

 

受け入れて欲しいという気持ちは、きっとみんながどこかで抱いてるもので、それらを他人にぶつけるということは、相手の抱いているものも受け入れ、許さなければ、対等な関係とは言えないはず。

それを理解していても、どことなく、否定的な気持ちが生まれてしまったり、拒絶しようとしてしまう時がたまにある。

自分は受け入れて欲しいくせに、ね。

 

悲しくも大人になってしまったがゆえに、感情的に人とぶつかる、なんてことは気付けば無くなってしまったし、やる勇気すら出ない。

 

大切な人と思っているのは、きっと自分だけなのだ、と改めて自分の心に念を押す。

片一方の思いであれば、受け入れてくれるだろう、なんていう浅はかな見返りを求めることもなくなるだろう。

 

たった一つの石ころに躓いてしまう私は、幼い頃から何も変わってない。

ひとつ躓いてしまえば、身を任せて転がり落ちていくだけ。

 

起き上がる力が出ないのは、残暑でぶり返した酷暑のせいにしよう。

夏の終わりは寂しいけれど、人と会わずに済む冬が、今はなぜか待ち遠しいと思うほどに、夏の疲れがどっと押し寄せている。

 

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