通い慣れた道を越えて、お気に入りの街へ行く時、気持ちが少しだけ高揚する。
地図で距離を測ると、15km前後。
電車で向かえば、乗り換えを1回して、約50分。
店前に並ぶ古本の埃臭さに、懐かしさが込み上げる。
大学入学と同時に、初めて訪れたこの街は、私にとって誘惑の宝庫だった。
どこを見ても古本屋が軒を連ね、路地を覗けば、白熱灯に照らされた喫茶店がひっそりと佇んでいた。
喫茶店に入れば、ヤニが染み付いた独特のクリーム色の壁、コーヒー豆の香り、常連であろうサラリーマンが新聞をめくる音。
小さめに流れている、ジャズだかクラシックのレコード。
女子大生が一人でタバコを吸っていても、誰も気に留めない空気。
大学構内の喧騒から走り出して、5分弱。
誰も私のことを知らない空間。
真っ白でもったりとした白いクリームの乗った、ウインナーコーヒー。
古本屋で買った、黄ばんだ小説のページをめくりながら、タバコを吸う。
人が通る度に、肩をすくめなければならない、狭い空間でも、なぜか心地が良い。
満員電車と同じくらいの距離感なのに。
不思議な距離。
今は遠く離れてしまったように感じるあの街。
街の場所は変わることなく、その場にあるのに。
今度の休みは、久しぶりに出掛けよう。
あの街へ。